私は修行が好きである ひとつずつクリアしていったら達成できるって流れがわかりやすくて好き とにかくこれを続けたらいいんすね?おっけ!って走り続けるのはらくでよい 表紙デザインも上手くなりたいなと思って修行したこともある 基本的にコツコツ続けるのが好きなんだな~ ドリルとか、毎日シールを貼るとか、そういう後で見返してにやっとできるものが好き
しかし、小説が上手くなりたいな~!と思ってはじめる修行、本を読めとか構成を学べとか座学が多すぎる インプットばかりでアウトプットがない こまる かといって、小説を完結させることを繰り返しているうちに筆力あがるってのは修行というよりは本番で経験値を貯めているかんじである ちゃうねん 私は修行がしたい 本番前になんとかしたいんだが?!
これがイラストの場合、デッサンをするとかパースを学ぶとかいろいろある 小説もそういうの欲しい 手を動かす、反省、手を動かす、考察、みたいな流れのやつが欲しい 考えた結果、一番小説修行に流用できそうと思ったのが「模写」である 憧れのプロのイラストと同じものを描いてみるアレ 上からなぞる方式なら線を同じように引いていく繰り返しなのでかなり修行っぽいなと思う 隣にならべて目でなぞる方式は同じ場所に線を引くのが大変そう とにかく修行といえばプロの真似をするってのは基本のはず 同じ文章を自分で書いてみるってのは模写に相当するんじゃなかろうか?という考えである
模写、小説でやっても効果あるか?たぶんある……とは思うけどやってみないとわからんな!やろう!!ってことで昔やってみた 昔といっても二十年は前かな…… すぐ試せることならあれこれ考える前にとりあえずやったほうがいい思考で生きている あと当時お金がなかったので、模写ならお金いらないじゃん!と思ってうきうきでやった
結論として、模写かなりアリだった! でも毎日続ける系の修行でもなかった 以下、自分の模写体験の所感を書く
模写と呼ぶのが適切かよくわからないのだけど、既にある小説を一字一句たがわず自分で打ちこむことを模写と呼んでいる
好きな小説家の作品10ページを模写する、を何人か繰り返すと、小説って案外自由なんだな?とわかる 個人的にはこれが模写の一番の醍醐味でした 小説を上手く書くには、と調べて、こうするとよいと言われているものほとんどが好きな小説家たち全員全部できているわけではない これね、模写やってはじめてきっちり実感しました すごく好きな小説家たちも、一文がめちゃくちゃ長かったり、句読点がやたらと多かったり、会話文がすんごい続いたり、する これに気づくために、模写をするには自分のテンプレートにやるのがいいなと思う パッと見でわかりやすくなるので いつも気をつけている枠組みを好きな小説家たちは気にしてない、というのに気づけると、なんかとても自由だった
もちろん全員めちゃくちゃに読みやすいのは大前提です こうするとよいよの枠組みからずれていても文章は面白く読みやすくできる、って気づいてから、つまり文章の読みやすさは文章技法にとどまらない!という視点を持てました
あと、自分ならここで点を打つのに、こういう台詞をはさむのに、と模写をしながら普段気にしていない自我が確認できるのもよかった へー、案外ここにこだわりを持っていたのか、と気づけるの面白い 自分のこだわりって伸ばすと武器になるはずと思っているので、その後はせっせと伸ばそうとしている 私は会話文が好きなようです
そんなこんなで、つまり「文章が上手い」と「小説が上手い」は、別!!という結論 小説を上手くするためには、文章を上手くするのはもちろん大事だけどそれだけではだめで、他になにか要素がある それは構成とかキャラの魅力とかストーリーの面白さとかで、つまり、あの……座学!!!!!!!!!!!!!!インプットなんだー!!ウワーン!!!!!!!! つまりあれ、イラストが上手いとマンガが上手いは別というのと同じ構造なんだな……
でもマンガ技法はたくさん見つかるけど、小説技法はあんまり見当たらない マンガ技法、模写みたいに流用できるものないかな……と考え、見せたいコマは大きく、バストショットだけではなく手元や背景をたまにカットインさせる、など、小説でもいけるな?ってのが案外あることに気づいてうきうきした これまでの人生、小説よりもマンガのほうが読んでいる量が多いので、マンガ基準に考えたほうが脳内で整理しやすいのだ これひとによって映画だったりアニメだったり摂取しているフィクションの量で変わったりするんだろうな~と思う 自分のやり方が見つかると楽しい
たぶん、好きなマンガや映画を小説に落としこむ、みたいな修行もアリだと思う 今度やりたい